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盛岡地方裁判所 昭和33年(行)29号 判決

盛岡市仙北組町二十五番地

原告

吉田円次郎

右訴訟代理人弁護士

一条直蔵

盛岡市上田中堰十九番地の二

被告盛岡税務署長

山根軍治

右指定代理人検事

滝田薫

大蔵事務官 石田孝一

大蔵事務官 横山隆

法務事務官 吉田栄作

法務事務官 松浦養治郎

右当事者間の昭和三十三年(行)第二十九号差押処分無効確認請求事件について、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和三十二年十二月二十六日株式会社長内印刷所の源泉所得税等の滞納金を徴収するため別紙目録記載の物件に対しなした差押処分は無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、

請求の原因として、被告盛岡税務署長は昭和三十二年十二月二十六日盛岡市鍛治町八十番地の三訴外株式会社長内印刷所において、同会社の源泉所得税法人税等の滞納金を徴収するため、同税務署係官をして別紙目録記載の物件を差押えさせた。

しかし、前記物件はいずれも前記訴外会社の所有ではなく、原告が昭和三十一年十月十七日訴外長内貞忠から買受け、所有権を取得すると同時に、その所在場所において現実の引渡を受けたものであつて、その際原告はさらにこれを右訴外人に現実の引渡をなして賃貸し、同人をして引続き使用させてきたものである。

被告の答弁に対し、前記物件中印刷機二台が昭和二十九年九月十三日、またその物件が昭和三十二年十二月二十六日、各別に、いずれも、訴外会社の租税債務徴収のため、差押えされそれぞれ被告主張の保管等の手続がとられたことは認めるが、右各物件が同会社設立の際、長内から同会社に現物出資されたことは否認する。

仮に、右物件が、被告主張のように、訴外会社の所有に属しており、長内個人との売買によつてはその所有権を取得できなかつたものであるとしても、もともと、右印刷所は昭和二十六年訴外会社設立に至るまで久しく訴外長内貞忠の先代及び右長内の各個人営業として経営され、原告が右物件を買受けた当時も右印刷所には先代以来の商号である長内印刷所という看板が掲げられているだけで、訴外会社の経営にかかることを表示する標識を欠き、一般には右印刷所が訴外会社の経営であることは知る由もない状況であつたから、原告としても右印刷所は従前どおり訴外長内貞忠個人の経営にかかり、その営業設備一切は、右物件を含めて、すべて長内個人の所有に属するものと誤信したのである。それで、原告は平穏公然善意無過失に右物件の占有を始めたものにあたるから、即時取得によりこれが所有権を取得している。

以上いずれにしても、右物件は原告の所有であるから、被告がこれを訴外会社の所有に属するものとして同会社の滞納税金徴収のため差押えたのは違法であり、右瑕疵は重大かつ明白な場合にあたるから、前記差押処分は当然無効である。

よつてこれが確認を求めるため、本訴に及ぶと述べ、

立証として甲第一号証ないし第三号証を提出し、証人須知政直、吉田民二の各証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告指定代理人らは主文同旨の判決を求め、

答弁として、被告が昭和三十二年十二月二十六日原告主張の物件中活字を差押えたことは認めるが、その余の物件は昭和二十九年九月十三日の差押にかかるものである。また、右各差押物件が原告の所有であることは否認する。

被告は昭和二十九年九月十三日訴外株式会社長内印刷所の源泉所得税法人税等の滞納金四三一、八九八円を徴収するため、盛岡税務署勤務大蔵事務官佐藤秀雄をして盛岡市鍛治町八〇番地の三所在の訴外会社に臨み、原告主張の物件中の印刷機二台を含む印刷機四台を差押えさせ、次いで昭和三十二年十二月二十六日同会社の源泉所得税法人税等の滞納金二八二、四二四円を徴収するため同税務署勤務大蔵事務官横山隆をして右訴外会社に臨み原告主張の物件中の活字全部を印刷機裁断機等と共に差押えさせ、いずれもそのつど訴外代表者長内貞忠に右各差押調書を交付したうえ各差押物件の保管を命じて現在に至つたものである。

右各差押物件はいずれももと訴外長内貞忠の所有であつたが、昭和二十六年六月三十日右同人らを発起人として株式会社長内印刷所が設立された際、同人から右会社に現物出資されてその給付を了し、以来同会社の所有に帰して現在に至つたものであり、被告が右物件を訴外会社に対する国税滞納処分により差押えたのはなんら違法ではない、と述べ、

立証として、乙第一号証ないし第五号証を提出し証人長内貞忠の証言を援用し、甲第一、二号証の成立を認め、甲第三号証の成立は知らない、と述べた。

理由

一般に収税官吏が国税徴収法による滞納処分をなすに当つて誤つて納税者以外の財産を差押えたときは、該物件に対する差押は重大な瑕疵があるものと解すべきである。

よつて案ずるに、被告盛岡税務署長が同税務署所属の収税官吏をして、昭和二十九年九月十三日訴外株式会社長内印刷所の源泉所得税法人税等の滞納金四十三万一千八百九十八円を徴収するため、別紙目録記載物件中の印刷機二台をその他の印刷機と共に差押えさせ、次いで昭和三十二年十二月二十六日右訴外会社の源泉所得税法人税等の滞納金二十八万二千四百二十四円を徴収するため、右目録記載物件中のその余の活字全部及びその他印刷等に対する差押処分をさせたことは当事者間に争いがない。

以上の事実によると、本件物件中印刷機二台に関する限り、仮りに原告がその主張の日時右物件について訴外長内貞忠と買受の契約をしたものとしてすでに差押をしている被告に対し右物件の所有権の取得を主張し得ない筋合である。

のみならず、原告が昭和三十一年十月十七日右長内貞忠から、本件物件の印刷機及活字を代金二十万円をもつて買受ける旨の契約を結んだことは、成立に争いのない甲第一号証原告本人の供述により認められるが、他方成立に争いのない乙第三号証ないし第五号証に証人長内貞忠の証言一部をそう合すると、本件物件はもと久しく訴外長内貞忠の所有に属し、同人が個人名義で経営してきた印刷所の営業用設備の一部をなしていたものであるところ、昭和二十六年六月末頃長内自ら発起人となり株式会社長内印刷所を設立した際、同は右会社に対する現物出資としてこれを他の営業設備と一括して同会社に所有権を譲源しその引渡をなし出資の給付を了したものであること、長内は右会社設立後その代表取締役となつて今日に至つたが、その間同会社として本件物件を長内個人に譲渡した事実のないことがそれぞれ認められ、原告提出援用の各証拠によつても右認定を左右するに足らない。これによれば、原告が長内個人との間に本件物件を買受ける契約を結んでも、右物件の所有権を取得するいわれのないこともちろんである。

さらに原告は右物件につき長内から現実の引受けたとして即時取得の成立を主張するのであるが、原告が本件物件の現実の引渡を受けたことを認めるに足る証拠はない。

かえつて、前記甲第一号証成立に争いのない甲第二号証、原告本人の供述により成立を認め得る甲第三号証、証人須知政直、長内貞忠、吉田民二の各証言に原告本人の供述をそう合すると、昭和三十一年八月頃原告と訴外吉田民二とは相前後してそれぞれ十万円ずつを浅沼新吉を介して長内に貸与したが、いずれも期限に弁済を得られなかつたので、原告から長内に右貸金の担保を提供するよう要求したところ、長内はこれを承諾し、同年十月十七日訴外会社の代表取締役名義によることなく長内個人として、原告との間に、同会社所有の本件物件につき、これを原告と吉田の両名のための担保とする趣旨から前記各債権の合計額である二十万円をもつて代金額と定め、なお右金額を買戻約款を買戻約款をも付して、前認定の売買契約を結び、右物件を原告に譲渡しておくこととすると同時に、原告は右譲受後も長内において前記物件をその所在場所で引続き使用し得るよう、これにつき長内を借主として賃料を一ケ年三千円と定めた賃貸借契約を結んだものであることが窺われ、証人長内貞忠の証言中右認定に反する部分は採用しない。

以上の事実関係からいうと、前示売買契約は、専ら前示各貸金債権の担保としてその弁済に至るまで本件物件の所有権を保持しておくことのみを目的として、該物件の使用収益は従前どおり長内に委ねたものであることが明らかであるから、特段の事情がない以上、右譲受人たる原告は占有改定によつて目的物の引渡を受ければ足り、敢えて現実の引渡を受ける必要のない場合であつたことが窺われ、原告本人の供述をも参酌して考えてもせいぜい占有改定の方法によりその引渡を了したものであることが推認されるにすぎない。

しかし占有改定の方法による引渡は民法第百九十二条にいう動産の占有を始めた場合に該当しないものと解すべきであるから、原告は右法案によつても本件物件の所有権を取得し得べきいわれがない。

以上いずれにしても、原告が本件物件の所有権を取得した旨の主張は採用できないから、これを前提とする本訴請求は夫当である。

よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上武 裁判官 須藤貢 裁判官 真田順司)

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